ガングリフォン・ムック(仮)

名作ゲーム、ガングリフォンシリーズについて考察するブログです。他のゲームも時々語ります。更新不定期。

食糧危機の全貌とコロナショック

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ガングリの世界観を考える上で重要な要素、「食糧危機」。昨今のコロナショックによって急速に現実味を帯び、決して絵空事とは言えない状況になってきました。今回はガングリフォン世界における食糧危機や食糧事情がいかなるものなのかを改めて考察していきたいと思います。

 

 

 今回はガングリフォン世界を語る上で絶対に外せない要素である「食糧危機」について考察していく。まずは作中における食糧危機の描写を改めて見て行き、ガングリフォン世界における食糧危機がいかなるものなのかを把握したいと思う。

 

1 オープニング映像における描写

 まずは初代ガングリフォンのOP映像から見てみよう。映像は厚い雲に覆われ、砂埃の舞う砂漠地帯から始まる。時折光る雷の中を、カメラは無造作に転がる牛の頭骨を移しながらがゆっくりとズームアウトしていき、そこに「異常気象」、「食糧危機」、「エネルギー危機」のテロップが断続的に入る。牛の頭骨の下でたなびく草が映された次の瞬間、フレーム外から突如現れた戦車の履帯が牛の頭骨ごと草を踏み潰して去っていく。次にカメラは上空から砂漠地帯を進む戦車部隊の隊列を映し出し、「豊かな緑の大地は、今はもうない」というテロップと共に、ここが2015年のハリコフであることが語られる。

 

www.youtube.com

 

 肥沃な土壌を持ち、「世界の穀倉庫」とまで言われる農業大国ウクライナ。その中心的穀倉地帯であるハリコフまでが砂漠化したという衝撃的な事実を伝えるこのOP映像は、作中の世界の状況を最も良く伝える映像の一つと言えるだろう。

    豊穣の象徴である「牛」の頭骨と、その下にたなびく僅かな「緑」が「戦車」によって踏み潰されていく光景は、それだけ自然環境を悪化させながらも尚、争いを止められない人類の深い業を見事に表現している。

 

2 大戦中の食糧事情

 ガングリフォン・コンプリートファイルに掲載されている第三次世界大戦史にもいくつか食糧危機の深刻さを物語る描写がある。この第三次世界大戦史は本作の設定を担当した岡田厚利氏の執筆によるもので、本作の食糧事情を良く伝えてくれる資料でもある。

 

ウクライナ併合の理由

 第三次世界大戦史の第1章「北アフリカの戦い」中の《PEUのダンケルク》には次のような描写がある。作中における各国の食糧事情を分かり易く説明してくれている文章なので、少々長いが引用する。

 

 気候が安定し、農作物が供給過剰の状態であった20世紀から一転して、21世紀は人類のエゴが招いた環境悪化を原因とする天候不順から凶作を招いていた。それに加え、医療と衛生の進歩という人類の知恵が災いした人口爆発により、世界的に食糧の供給量が慢性的に不足気味という状況になっていた。

 食糧不足の問題をもっとも懸念していたのはAPC陣営で、生きるためには、ほかの地域へ進出し経済を拡大させ、食糧を手に入れることが絶対条件であった。

 一方、ヨーロッパの食糧事情は極端であった。

 南欧・地中海諸国は食糧生産が順調で、他国に輸出する余裕すらあった。ドイツ・フランスの西欧諸国は、凶作と豊作が1年ごとに交代するという不安定な状況ではあったが、まだ自活出来る状態であった。例外は豊作続きのイギリスで、危機感のないイギリスは、この中東の戦いに反対していた。

 逆に食糧事情が危機的だったのはロシアで、記録的な凶作が5年間も続き、餓死者・難民が大量に発生する有様だった。これに対して、かつてロシア領だった隣国ウクライナの食糧生産は比較的順調であった。このような背景もあり、近年は、ロシアとウクライナの紛争が絶えなかったのである。

 そして、ついにPEU加盟諸国の反対を押し切り、ロシアは食糧危機解決のため、穀倉地帯であるウクライナの再併合を決断したのだった。*1

 

 PEU諸国の食糧事情が窺えて面白い文章だが、これを読むと作中においてロシアが何かと他国に侵攻する理由も理解出来る。現実の世界では農作物の輸出大国であるロシアすらが食糧確保のためにウクライナに侵攻しなければならないという、逼迫した事情があるのが分かる。

 一方、APC諸国の個別の状況については特段触れられていないものの、その抱える人口の多さなどからPEU以上に厳しい状況が生まれているのは確実と思われる。

 だが、これより更に興味深いのは第2章のユーラシア大陸の戦い《ハリコフ降下作戦》冒頭に記された次の文章である。

 

 再併合を狙うロシア軍は、ボロネジ方面から南部方面軍の第3打撃軍・第2親衛戦車軍の7個師団を南下させた。また、同様に食糧問題に悩むPEU加盟諸国からは、ドイツ軍第2軍団第10機甲師団・第4機甲擲弾兵師団、ベルギー軍第16機甲師団の3個師団がロシア軍の援軍としてクルスク方面から南下を開始した。再併合に抵抗するウクライナ共和国は、キエフ軍管区の精鋭第1親衛戦車軍の4個師団をハリコフに投入し、防衛戦線を展開した。

 さらに、ウクライナ共和国はAPC軍に対して援助を求めた。この要請に応じて中国政府は、PEUへの干渉、PEU領内への侵攻を決断した。このときを境に、戦いはユーラシア大陸へと移っていく。*2

 

 この文章で注目したいのはドイツとベルギーが食糧問題を理由にロシアに援軍を出していることと、それがウクライナによるAPCへの援助要請の前に決定されているという点である。

 先に引用した文章を読むと、ロシアによるウクライナ併合作戦に対し、PEU加盟諸国は反対していたことになっている。にも関わらず、ロシアが反対を押し切ってウクライナ併合の挙に出た途端、その行動を後押しする方針に切り替わっているのである。これは良く考えてみると恐ろしい話である。

 例えば、ウクライナが先にAPCに援助を要請し、自らの玄関口に敵を招いた後で援軍を送るならまだ理解は出来る。しかし、ロシアがウクライナに侵攻し、APCに援助を要請する前の時点で援軍を出しているのは、これは大義がないと言われても仕方がない(少なくとも作中の描写からはそう読めてしまう)。

 ともあれ、生き残るためにはつい先だっての加盟国でも平気で侵攻する辺りに、ガングリフォン世界の食糧事情の深刻さが見て取れるように思えて興味深い。正に仁義なき戦いである*3

 

 更に、《ハリコフ降下作戦》には次のような文章もある。

 

 砂漠に変わったウクライナの地形に合わせ、デザート迷彩をしているウクライナ軍の車両と、それを知らず通常の冬季迷彩で戦闘に臨んだPEU軍の車両という状態を見ても、急激な環境の悪化を十分知らしめた。*4

 

 ウクライナ生まれの日本外人部隊HIGH-MACSパイロットは、砂漠に変わったウクライナの穀倉地帯を目撃し、食糧危機の根源を知った。*5

 

 恐らく、前述の初代のOP映像のような風景が彼の目前には広がっていたのであろう。この二つの文章はいずれも短いものだが、本作の世界観を伝える上で重要な箇所と言える。

 

シベリアの価値

 更に、続く《シベリア鉄道襲撃》にはこのような描写がある。

 

 ウラル山脈以東のシベリア地区はアジアに位置し、経済的にもヨーロッパよりもアジアとの関係の方が強かった。事実、資源の宝庫であるシベリアの開発は、アジアの資本と労働力により飛躍的に進展していた。また、食糧危機が深刻なロシア国内にあって、シベリア地域で生産される食糧は、ロシアへの安定的供給を保障していた。同じロシアでありながら、ヨーロッパ・ロシア(白ロシア)は、そのウラル以東の地区を搾取し続けていたのである。

 

 また、シベリアの独立という事態に対処する為、PEUもシベリアに兵力を派兵することになるが、ここにも次のような文章がある。

 

(前略)それまで戦争に反対であったイギリスとイタリアも、シベリアからの食糧・エネルギー・レアメタルの供給停止は死活問題となるため、急遽派兵を決定、1個機甲旅団を前線に送った。

 

 食糧生産が比較的順調なイタリアと、豊作続きで危機感のないイギリスすら兵力を送らざるを得ない状況になったわけだが、この二国の場合はむしろエネルギーやレアメタルの比重の方が大きかったような気もする

 

アメリカ参戦の真の理由

 大戦末期になると、アメリカ率いるAFTAが自由の擁護と各国の独立支援を名目に突如参戦。「世界の憲兵」を宣言して長期に渡る戦いで疲弊したAPCとPEUを屈服させ、漁夫の利を得る形で大戦に勝利する。それまでモンロー主義を掲げて長く国際社会から孤立していたアメリカが突如参戦した真の理由については、《包囲網脱出戦》の中で語られている。

 

 アメリカ参戦の理由は食糧の確保とともに、強大な敵(勢力)を作らないためでもあった。経済性を優先させた大規模農業が原因で、表土流出に歯止めがかかない北米大陸は、3年連続の大凶作により致命的な食糧不足に陥っていた。しかも、ほかのAFTA加盟諸国の農作物の生産も十分ではなく、問題の解決策を加盟国内に求めることは不可能だったのである。

 

 某映画のヤクザ達もびっくりな身も蓋もない参戦理由である。宗教でもなく、民族でもなく、イデオロギーですらない。本作における戦いは全て、残された僅かな利権を求めて争う壮絶なサバイバルゲームなのだということが良く分かる一文だ。

 

3 戦後の食糧事情

 こうした世界の状況は大戦後に益々悪化することとなる。ここからは第三次大戦後の世界を扱ったガングリフォン・ブレイズにおける食糧危機の状況を見て行く。

 

米軍による占領政策

 ガングリフォン・ブレイズのディスクには「STORY」という項目があり、テキストで簡単な世界観やミッションごとの背景の説明がされている。 

 この中で注目したいのはまず「SITUATION」中に記載されたアメリカ・AFTA軍による占領地への駐留に関しての文章である。

 

<世界情勢>

2015年10月12日、第三次世界大戦は日本の敗戦で終わった。戦勝国アメリカAFTA各国は、食糧事情解決のため膨大な占領軍をヨーロッパ・アジア各国に駐留させた。そのため、各国の食料不足は更に悪化し、反米感情は爆発寸前であった。日常化した異常気象、食料配給の遅延、頻発するデモ、暴動、世界情勢は再び深刻化していた。(後略)

 

 大戦に勝利したアメリカやAFTA各国が世界の占領地に駐留軍を置くのは自然なことに思えるが、見過ごしてならないのはこの駐留の目的について「食糧事情解決のため」という記述があることである。つまり、アメリカ・AFTA軍の駐留は占領政策を円滑に進める為の処置ではなく、大量の兵士を海外に置くことで占領国にその食を賄わせ、国内の食糧事情を少しでも緩和しようという意図があったのである。ヴェルサイユ条約*6も真っ青の余りに酷い戦後処置である。

    そもそも、アメリカ参戦の理由が食糧の確保であったことを考えればこれも自然な成り行きとも言えるが、それにしたって非人道的処置という他ない。世界中に駐留する米軍やAFTA軍兵士に優先的に食糧が回され、一般市民は路傍で飢えて死んでいく。そんな光景が目に浮かぶようで、これでは世界中に反米感情が渦巻くのも無理からぬことだろう。

 

ロシアによる再度のウクライナ侵攻

 次はウクライナ・ポルタヴァ面の解説である。

 

<「市街戦」 ウクライナ

戦争は終わったが、世界が平和になったわけではなかった。敗戦国であり核被爆国でもあるロシアの混乱は凄まじかった。また、この年の冬の寒さは厳しく春が訪れるはずの4月になっても暖かくなる気配がなかった。春の作付けをあきらめ、極寒のロシアの大地を見限った農民は南の地へと流出していった。(後略)

 

 前大戦で最も大きな被害を受けたロシア。その混乱ぶりは戦後も続き、国を二つに分けての内戦や北方領土への侵攻など、ブレイズでも度々軍事行動を繰り返している。国内の状況も益々悪化しており、寒冷化の影響で春になっても寒さが引かず、作付けを諦めた農民が土地を捨てて南のウクライナなどに流出。これを口実として再びウクライナに侵攻したのがブレイズにおけるウクライナ・ステージの背景である。

 5年に渡る記録的な凶作にシベリアの混乱、核ミサイルによる首都モスクワの消失、内戦、度重なる侵攻の失敗、寒冷化による農地の減少と農民の流出。ガングリ世界におけるロシアの窮状は悲惨の一言しかないが、その煽りを食らって度々侵攻されるウクライナも良い迷惑である。

 

南部諸州の州境封鎖

 次は北米大陸の情勢であるが、ブレイズの説明書にある年表の2018年の部分にはこう書かれている。

 

9月・・・・・・相次ぐ火山噴火が原因の異常気象による寒冷化で、カナダの国民多数が土地を捨て、アメリカへ逃げ込む事態に。

 

9月17日・・・・・・アメリカ政府はカナダ難民の受け入れを拒否。国境に殺到する難民と出動した州軍が衝突。死者数十名にも及ぶ事態に発展。

 

10月9日・・・・・・太西洋上で発生した超大型ハリケーンアリシアが北米を直撃。穀倉地帯に大打撃を受ける。

 

 何だかパニック映画の前振りみたいだが、寒冷化によるカナダ難民の殺到と穀倉地帯へのハリケーン直撃を受けてアメリカ国内の情勢も俄かに悪化し始め、翌2019年になると状況は更に悪化する。

 

10月・・・・・・秋の異常寒波により北米の穀倉地帯が壊滅。アメリカ市民の南下が始まる。

 

11月22日・・・・・・食糧不足と治安悪化に頭を悩ませたアメリカ南部諸州は、北部の人々の流入を防ぐために州兵を出動させて南北の州境を封鎖。北部諸州の非難が高まる。*7

 

 遂に戦勝国アメリカでも食糧不足が発生する事態となるわけだが、北部の人々の流入に南部諸州が州境を閉ざしたことが後の北部連邦と南部盟邦の対立の遠因となっていく。こうしたアメリカ国内における対立と混乱の中で、翌年の1月11日に首都ワシントンへの核テロ攻撃を受け、超大国アメリカは崩壊することとなる。

 

日本の総人口三割餓死

 ブレイズの設定の中でも一際目を引くのが、「SITUATION」の項目の後半で語られているこの「総人口の三割が餓死した日本」という一文である。

 

 (前略)2017年、世界各地の農作物が壊滅した。理由は環境破壊による気候変動と、突然噴火した火山の灰による日照不足である。寒冷化による長期の食糧不足で世界人口は激減、全世界的に人々の南下が始まった。北部の人々の大量流入により南部諸州の不満が爆発した時、首都ワシントンが核テロで消失、アメリカは無政府状態に陥った。連邦政府喪失によりアメリカは北部連邦、南部盟邦、西部連邦の3グループに分裂した。総人口の3割が餓死した日本は生き残るため西部連邦にくみすることを決意、日本外人部隊第501機動対戦車中隊に出撃の命が下った。

 

 この出撃命令を受けて第501機動対戦車中隊が参加したのが、これに続く一連のアメリカ内戦であった。この顛末は「CAPE CANAVERAL」の項目で語られる。

 

<「奇襲作戦」 ケープカナベラル>

急激な寒冷化で穀倉地帯に壊滅的な打撃を受けたアメリカ北部連邦は南部に生活基盤を移すべく南部盟邦に侵攻を開始した。兵力で優る北部連邦は、州境(ゲティスバーグ)・中央平原の戦いに連勝し、南部盟邦の首都ヒューストンを攻略、南部を再び支配下に置いた。アメリカ北部連邦は世界支配の手段として既存の通信・GPS用の衛星を破壊する、サテライトキラー衛生を搭載したスペースシャトルを打ち上げ、情報・通信の独占を狙った。2020年において通信の大多数を衛生に依存している世界は経済・軍事的に大打撃を受けることとなる。中立の立場にいた西部連邦は、北部との対決が避けられない事を覚悟し、スペースシャトル発射阻止を秘密裡に行うことを決定した。日本政府は食糧援助と引き換えにこの任務を受理、国籍マークを消し迷彩を変更した第501機動対戦車中隊が出撃した。

 

 大戦終結から4年後の2020年1月、首都ワシントンで起こった核テロによってアメリカは三つに分裂し、北部連邦と南部盟邦、西部連邦の三つに分裂しての内戦に突入する。この際、日本は表向きは内戦への不介入を表明しつつ、裏で西部連邦と軍事同盟を結び、第501機動対戦車中隊を送り込んでパールハーバーの太平洋艦隊司令部やNORAD基地の制圧に手を貸していた経緯があった。

 こうしたいくつかの作戦を経てケープカナベラル基地の襲撃に至るわけだが、一見すると無謀とも言えるこれらの作戦の見返りとして日本が受け取ったのが食糧援助だったという辺りにこの世界の食糧事情が端的に示されていると思う。

 このケープカナベラル基地襲撃前の時点で総人口の三割が餓死しているのは確実なようなので、戦後の苦しい食糧事情の中で徐々に餓死者が増えて行ったのではないかと予測される。ただでさえ食糧自給率が低く、輸入に頼らなければ自活出来ない貿易立国であることも不利に働いた大きな要因だったのだろう。

    こうした中で行われた西部連邦からの食糧援助は日本にとっては正に生命線だったのだろうが、日本外人部隊はここに来て本当の意味で傭兵部隊化したわけだ。優先的に最新兵器を与えられ、幾多の激戦を潜り抜けてきた日本の最精鋭部隊の最後の任務が食糧確保の為の戦いであるという状況そのものが既に末期的な様相を示していると言わざるを得ない。

 これ以降の歴史は公式には語られていないが、日本の生き残りを賭けた戦いはいよいよ過酷なものとなり、世界は益々危機的状況に追い込まれていくことになるのだろうことが容易に予想される。

 

 しかし、それにしたって人口の三割が餓死というのは何とも凄い数字である。ガングリフォン世界における日本の正確な人口は分からないが、仮に現在とそれほど変わらない1億2000万という数で考えても、単純計算で3600万ほどの国民が餓死したという計算になるのだから膨大だ。

    また別の箇所では、「長期化する食糧不足によって世界の人口が激減した」という一文もあり、日本以外の国も多かれ少なかれ似たような状況であることを窺わせる。取り分けてヨーロッパやアジアの状況はかなり悪いに違いない。ひょっとしなくても、軽く億に迫る人口が失われている可能性もある。まず間違いなく、第三次大戦の戦闘による死者を遥かに上回る数の人間が餓死によって命を落としている筈である*8

 

 筆者は常々、この設定はちょっとやり過ぎじゃないかと考えていた。何せ第二次世界大戦におけるソ連の死者数ですら2000万なのである。それを遥かに上回る3600万もの人口が日本一国で失われる状況では、戦争どころか国家の運営すら出来るのか相当に怪しい。リアリティを売りにしてきたガングリにしては、ちょっと突飛な数字だなと。
 だが、後述する平成の米騒動や最近のコロナウイルスを取り巻くニュースの数々を見て考えが変わった。自分達を取り巻くシステムが案外脆いものであることが露呈した今となっては、人口の三割が餓死という設定はとても絵空事には思えない。そしてそれは、ガングリが数々の未来予測を当ててしまっている不吉な事実とも重なるのである。

 

4 開発スタッフの発言

岡田氏と宮路氏の発言

 ここでは、本作の世界観と設定を担当した岡田氏の発言からガングリフォン世界の状況を見てみる。全ての媒体を確認したわけではないが、食糧危機について語っている中でも最も注目を引くのは次の発言である。

 

「(前略)あの世界はそんな国際情勢の中、どんなことが起これば最悪の事態に陥って、第3次世界大戦が発生するかという事をシミュレートした結果なんです。要するに人間が一番必要なもの、食糧という問題です。環境の激変で食糧危機やエネルギー危機が起き、食糧不足が発生し、配給所に並ばなければ食事ももらえなくて、周りでは餓死者がゴロゴロ出る世界。そうなれば戦争をやって隣の国に奪いにいかなければならないと思うじゃないですか。そこまで追いつめられないと普通は戦争をしないですよ」*9

 

 この発言の中で注目したいのは「配給所」という言葉である。これをそのまま受け取るなら、岡田氏のイメージするガングリの世界とは、国民が配給所に並んで食糧の配給を受けなければいけない程にまで逼迫した世界ということなのだろう(前述のブレイズの「SITUATION」の項にも「食料配給の遅延」という文言がある)。

 恐らく、これは食糧危機が最も深刻なロシアだけでなく、日本やドイツですらそういう状況にあるという認識で良いと思う。ひょっとしたら、アメリカですらその可能性もある。

 実際、第三次世界大戦後の世界を描いたブレイズでは世界の食糧状況は更に悪化しており、食糧不足に端を発する反米感情の爆発や日本の人口三割餓死といった悲惨な状況が語られていて、岡田氏の語る世界観とも一致する。作品中において市民生活が描写される場面はほとんどないだけに、 この発言は貴重である。

 また、ガングリフォン・コンプリートファイル巻末のインタビューでは岡田氏と宮路氏が次のような発言を残している。

 

―それでは、今度はガングリフォンの世界を構築していく過程についてお話をお聞かせください。

岡田:一応、作品の世界観を構築する上で最低必要なことは、できる限り考えました。戦争の動機も色々と設定したのですが、結局、民族主義・地域主義と、もう一つ食糧問題を要因にしました。

宮路:これから、世界の人口がどんどん増え続ける一方、世界の砂漠化が進み農地が減っていってしまう。現実にロシアとアメリカにとっては深刻な問題になっていますからね。

岡田:あと、気をつけたのは悪者を作らないようにしたことですね。独裁者が突然現れて「世界を征服するのだ」というのはやめようと。これは、国家や人間が悪いのではなく、世界全体がそうならざるを得なかったということにしたかったためです。

 

 BEE‐CRAFTの山田氏の発言によると、世界観の設定についてはディレクターである宮路氏も関わっていたようなので、食糧問題を世界観のベースに置くことは宮路氏と岡田氏の間である程度共有されていたのだろう。

 後半の岡田氏の発言を見ると分かるように、ガングリの世界観は単純な勧善懲悪の世界観ではなく、その辿ってきた歴史や世界情勢を俯瞰した、より大局的な視点から構築されている。こうした世界観を設定する為に食糧問題をそのベースに設定した側面も勿論あるのだろうが、最も根源的な要素を抑えた作り方をしているからこそ、その描く未来は今尚インパクトを失っていない。

 

5 現実と虚構が重なる時

 

米騒動とコロナショック

 古来から戦争には食糧の問題がつきものであった。侵略者の軍隊は兵士達の口を満たす為に侵略した先の土地を荒らし、田畑から作物を奪う略奪が当然のように行われていた。
 日本の戦国時代などを見ても、大名同士の戦の大半の理由は土地の奪い合いに端を発しており、侵略者は田畑を荒らし、収穫物を奪い、城に籠る敵の食糧供給を断って兵糧攻めにした。その勢力はそれらの土地が生み出す作物とその収穫によって支えられる人口に拠った。大名だけでなく、隣り合う村の村人同士が水田に引く水の利用を巡って争うことも日常茶飯事だった。

 やがて時代が進み、もっと大規模な数の軍隊が整備されるようになると徐々に計画的な補給体制が構築されるようになったが、同時に補給体制の優劣が戦いの趨勢を決めるようになった。満足な補給体制を用意出来ないまま強行されたインパール作戦や、補給が途絶した南太平洋の島々の防衛戦において日本軍が大量の餓死者を出したことはよく知られている。それは戦場だけでなく銃後の本土でも同様であり、戦後も長らく食糧難が続いた。

 このように、戦争と食糧は切っても切り離せない問題であり、ガングリフォンの世界観はこの点をきちんと抑えているだけでも他の作品との差別化が図られていると思う。世に「リアル」を謳うロボットモノはアニメ・ゲームを問わず数多いが、その割に食糧やエネルギーといった問題には驚くほど無関心な作品が少なくない。

    映画監督の押井守はその作品の中でしきりに「食」の重要性を訴え、「特車二課、壊滅す!」*10や「立喰師列伝*11なる怪作まで撮ってしまった数少ない例外だが、「食糧」というテーマにフィーチャーしているという点で見ると、実はガングリフォンの世界観とも共通するものがあるのである。

 

 想像してみて欲しい。もし明日食べるものがなかったら?冷蔵庫の中が空っぽになっていたら?仕事もなく、お金もなく、頼れる人もなかったら?そのまま飢え死にするのだろうか?勿論、人間はそんな風には出来ていない。人にもよるが、追い詰められれば多くの人はそれを持っている人間から盗み、奪い、時には殺してしまうことすらあるだろう。悲しいが、それが人間の性というものだ。

 或いは、最近のコロナウイルス関連のニュースを見てもそれは分かる筈である。マスクにトイレットペーパー、食料、ウイルス関連の新たなニュースやデマ情報が流れてくる度に、不安に駆り立てられた人々は我先にとスーパーに殺到する。中には悪質な人間もいて、転売によって巨利を得ようと買い占めを行う者や不安に付け込んで詐欺行為に走る者もいるのは周知の事実だ。

 しかし、多くの人は悪意によってそれを行うのではない。自分の為、或いは家族や親しい人の為にそれを行ってしまう。食べるものがなくなったら、マスクがなくなったら、自分だけでなく、自分の家族や大切な人、親しい人まで失ってしまうという恐怖。それが結果として利己的な行動に繋がる場合がほとんどだ。転売行為や詐欺行為を擁護するつもりは毛頭ないが、時には親しい誰かの為にそれを行っているという者だっているだろう。

 ここではその善悪を問うているのではない。人間とはそういうものなのだ、ということだ。今現実の世界で買い占めを行っている人間達と、経済のブロック化を進めた作中の各勢力はスケールの違いこそあれその根本はさして変わらない。APCとPEUの争いも、AFTAの参戦も、ロシアのウクライナ侵攻も、その根底にあるのは自分さえ良ければ良いという、自国優先の考えがある。生き残りを賭けた生存競争の中において人間の本性はいとも簡単に炙り出されてしまう。これこそガングリフォンの描く世界そのものであり、本当の意味での「リアル」とはこういうところから出発するものだろう。

 ガングリフォンの「リアルさ」というのは単にAWGSのデザインであるとか、現用兵器が登場する世界観の延長上といったところにあるのではない。むしろ、こうした世界を見据える一つの思考の在り方、正に「世界をどう見るのか?」という、本来の意味での「世界観」こそが、ガングリに他の作品を圧するリアリティを与えている原動力なのだと思う。

 

 ガングリフォンという作品において岡田氏が食糧問題を扱うのは、こうした戦争や人間への深い知識と観察、リアルな思考から生み出されたものなのは間違いないが、筆者はもう一つの可能性としてガングリの企画段階に起こった日本を揺るがすある事件を指摘しておきたい。1993年に起こった平成の米騒動がそれである。

 これは1993年の記録的な冷夏とそれによる米の不作によってもたらされた米不足に端を発する社会現象で、社会の様々な面に大きな影響を与えることとなった事件である。スーパーや商店には米を求める消費者の長蛇の列が出来、店頭からは瞬く間に米がなくなったという。

 日本政府はこれに対応する為に世界各国から緊急に米を輸入したが、これによって米価は高騰し、世界各国にも大きな影響を及ぼすこととなった。特にその影響を受けたのがタイで、日本政府の要請に応じて逸早く備蓄していたタイ米の在庫を輸出したものの、その影響で国内の米価が高騰し、餓死者まで出る事態となっていた。

 にも関わらず、日本国内の消費者の間では食感の異なるタイ米は不人気で、売れ残ったタイ米が不法投棄されたり、家畜の飼料にされた事例さえあったという。こうした状況がタイ国内に伝わると、タイにおける日本のイメージは大きく悪化し、長く外交問題としての残ったという。

 この不作の原因については諸説言われているが、1991年6月に起こったフィリピン・ピナツボ火山の 噴火とそれによる日照不足が大きな原因とされていることも、ガングリフォン世界との類似点だ(実際、ブレイズの説明書年表においてもフィリピン・ピナツボ火山が噴火していることが語られている)。ガングリフォンの制作期間は2年ほどと言われているので、96年の発売から逆算すると丁度米騒動の影響も冷めやらぬ94年となるので、この事件の影響が作品の世界観に大きな影響を及ぼした可能性は十分にあると思う。前述のタイ国内の状況を見ても、飽食した日本社会への警鐘の意味合いも込められていたのかも知れない。

 残念ながら筆者は幼かったので当時の記憶がほとんどなく、タイ米を食べたかどうかも判然としないのだが、当時の街の風景が岡田氏や宮路氏に何かしらのインスピレーションを与えたのではないかと言ったら、少々考え過ぎだろうか?

 米を求めてスーパーや商店に長蛇の列を作る人々。それはガングリフォンの世界において食料を求めて配給所に並ぶ人々の列なのかも知れない。或いは、岡田氏や宮路氏自身がその列に並ぶ一人であったのかも知れない。そしてそれは今この時、コロナウイルスによってもたらされた混乱の中を生きる我々とどれほどの違いがあるというのだろう? 

 

 この文章を書いている最中に、日本政府によって東京に緊急事態宣言が発令された。多くの人が外出を止め、事業者への事業停止要請が出された。経営が立ち行かなくなり店を閉める事業者や仕事を解雇された人々がどんどん出始めている。つい先日には一連の騒動によってインドやロシアといった農産物輸出国が他国向けの輸出を制限し始めたことを受けて、WHOが「世界的食糧危機の恐れがある」という警告を出した。本作の予言が不気味に現実化していく様を見せつけられて、背筋が凍る思いがする。

 ウクライナ紛争やEU離脱の予言が的中した時、本作との類似を無邪気に喜んでいた自分が情けない。結局、どこかで自分には関係ないことだと思っていたのかも知れない。ウクライナの混迷も、イギリスのEU離脱の混迷も、それは自分とは関係ない世界で起こったことであり、ガングリの描く未来もまた、どこかで「そんなことは起きるはずはない」とタカをくくっていたのだ。

 

 こういう時、筆者はどうしても押井守パト2の台詞を思い出してしまうのだが、その言葉はどれも耳に痛い。

 

「単に戦争でないというだけの消極的で空疎な平和は、いずれ実態としての戦争によって埋め合わされる。そう思ったことはないか?その成果はしっかり受け取っていながら、モニターの奥に戦争を押し込め、ここが戦線の単なる後方に過ぎないことを忘れる。いや、忘れたフリをし続ける。そんな欺瞞を続けていれば、いずれは大きな罰が下される」

 

「戦争から遠のくと、楽観主義が現実にとって代わり、そして最高意思決定の段階では現実なるものはしばしば存在しない」

 

 当たり前だと思っていた日常が少しずつ崩壊し、現実なるものが奇妙に捩れて虚構の世界と重なりつつある今この時、ガングリフォンの描く未来予測は不気味なほどの類似を見せている。「最悪の事態」から想定を始めるガングリのシミュレートは、このコロナショックによってまた一段階、その信頼性を高めることになった。

 コロナショックの後も世界は続いていくだろう。新しく始まる日常が以前とは全く異なったものになることは容易に想像出来るが、その先に待っているものが本作の描くような世界ではないことを切に願うばかりだ。

 

 ガングリフォンにおける食糧危機とは、今この苦しい時を生きる我々と変わらない、悲しき人間の営みを映し出す鏡なのである。 

 

 

 

脚注

*1:ガングリフォン・コンプリートファイル、56p。光栄出版

*2:ガングリフォン・コンプリートファイル、57p。光栄出版

*3:もっとも、これに先立つ北アフリカの戦い終盤、PEU軍北アフリカ軍団司令部が巡航ミサイルによる攻撃を受けて壊滅する事件が起こっており、結果的にこれが北アフリカ戦でのPEU軍の敗北に繋がった。作中では「この巡航ミサイルがどこから発射されたかは不明だが、未確認ながら、ウクライナからとの情報もあったのである。」(ガングリフォン・コンプリートファイル、p56。光栄出版)と語られており、このことがPEU諸国のウクライナへの不信感に繋がった可能性はある。

*4:ガングリフォン・コンプリートファイル、p58。光栄出版

*5:ガングリフォン・コンプリートファイル、p58。光栄出版

*6:第一次世界大戦後に戦勝国である連合国と敗戦国である同盟国側の間に結ばれた条約。その内容は敗戦国であるドイツやオーストリアに対して天文学的な額の賠償金を課したり、その領土を要求する多分に懲罰的な性格の強いもので、後のヒトラーの台頭と第二次世界大戦の惨禍を招いたとされる。

*7:いずれもガングリフォン・ブレイズ取り扱い説明書、20p。ゲームアーツ

*8:実際、第三次世界大戦はその継続期間が一年にも満たない上、限定戦争の形を取っていたこともあって都市部への攻撃などは少なく、大量破壊兵器の使用も基本的に禁止されていた。また、APC・PEU・AFTA共に理性的に戦争をコントロールしようとしていた節もあり、戦争の規模に比して戦闘における死者はかなり少ないと思われる。勿論、戦争に伴う食糧難や食糧不足と、それによる餓死者までをも犠牲者に含めるならば第二次大戦に匹敵するか、それ以上の死者数となる可能性もある。

*9:2001年7月発行のグレートメカニック2号(双葉社)のインタビュー記事における発言。

*10:機動警察パトレイバー、テレビアニメ版の第29話。押井はテレビ版には監督として参加することはなく、脚本として数話に参加している。

*11:監督である押井守の自己研究を基に、戦後に存在したとされる立喰師達の活躍を描いた映画。スーパーライブメーションという独特な手法で撮影されている。