ガングリフォン・ムック(仮)

名作ゲーム、ガングリフォンシリーズについて考察するブログです。他のゲームも時々語ります。更新不定期。

V‐MACSについて少し真面目に考えてみた

f:id:sitri:20200522160441j:plain

 

V‐MACSとはガングリフォンの開発段階で検討されていたAWGSの一つで、作中で第501機動対戦車中隊が壊滅した際、12式に代わる主役機として登場することが予定されていた幻の機体である。最大の特徴は歩行形態から車両形態への変形機能で、二つの機構を使い分けて戦闘することを想定した、トランスフォーマー的な存在であった。

 

・・・・・・と、ここまで説明すれば分かるだろうがこのV‐MACS、そのアニメチックな発想やデザインから古参のファンからはえらく評判が悪かった。いや、実装されてないのだから批判を受けるいわれはないのだが、とにかく評判が悪かった。前回の16式もそうだが、「リアルな世界観に合わない」とか「アニメっぽい」、「トランスフォーマ〇じゃねーか」という否定的意見は目にしても、「V‐MACSが好きだ」と言う意見を見掛けたことはほとんどない。

 

そして毎度お馴染みここまでの流れを見れば最早説明不要だろうが、筆者はこのV‐MACS、「割と良いんじゃね?」とか思っている。

 

 

 

・・・・・・。

 

 

 

今ページをそっと閉じようとしたそこのあなた、ちょっと待ってほしい!

筆者は断じておふざけでV‐MACS肯定論をぶち上げているのではない。

 

大真面目に言っているのだ!

 

 

 

(お客がそそくさと席を立つ音)

 

 

 

いや、帰らないで!帰らないで!もうちょっとだけ話を聞いてくれ!(泣)

 

 

 

・・・・・・いやね、「ブレイズ名作・16式カッコ良い・V‐MACSもアリ!」と、ここまでくると初代ファンに喧嘩を売ってるか「敢えて逆張りしてんじゃねーか」と自分でも疑いたくなる趣味嗜好なのは分かってるんですよ。分かってるんですけどね、残念ながら喧嘩を売りたいわけでも逆張りをしたいわでもなくて「割と良いんじゃね?」と本気で思っているんですよ。こちとらマジなんすよ?

 

 

 

 

(お客が足早に帰っていく音)

 

 

 

 

 

・・・・・・も、勿論、「ガングリのリアルな世界観には合わない」という意見は理解出来る。「変形機能を有した可変型の歩行兵器」なんてアニメチックな発想、「ロボットは戦車に勝てない」という厳しい現実認識に基づいて構築されたガングリの世界観とは思いっきり相性が悪そうである。もしV‐MACSが初代に登場していたら、その評価は全く違ったものになったことは想像だに難くない。

 

筆者は現在ある初代のリアルな雰囲気やテイストを否定したいわけではないし、V‐MACSがⅡ以降も登場せず、その世界観の中に自らの立ち位置を見つけられなかったのはつまりそういうことだったのだろうとも思っている。ただ、それはそれとして「アイデアそのものとしては受け入れられる」し、「検討に値するものなのではないか?」と思っているのだ。

 

何より忘れてはならないのは、このV‐MACSを発想したのは他の誰でもない、ガングリを生み出したゲームアーツ自身であったということだ。初代のリアルな世界観や雰囲気を作り出したのが彼らなら、V‐MACSを発想したのも彼らなのである。このことを抑えておかないと、V‐MACSは企画段階で発想されたただのイロモノとして扱われて終わってしまうだろう(というか、そう扱われて終わってしまったような気もするのだが)。

 

これは仕方のないことなのだが、我々ファンは完成した作品としての初代を眺めてそのリアルな世界観を賛美する。リアルなオープニングムービーや世界設定、細部まで徹底的にこだわられた演出、それらの完成された形を見て我々は「ガングリはリアルな作品なのだ」とつい考えがちだ。

 

しかし、V‐MACSという如何にもアニメチックな兵器の実装が予定されていたということを見れば、開発側の考えていたリアルな世界観というのはどのようなものだったのかがある程度推し量れると思う。監督の宮路氏の発言を見るに、少なくとも彼の中においてはV‐MACSが存在してもおかしくない世界観を想定していたわけで、それこそが本来のガングリの世界観だったと考えられるのではないか?(結局、実装されなかったのもまた事実だが)

 

V‐MACSという如何にもアニメチックなAWGSが発想され、デザインされ、しかし後のシリーズ四作に至るまで遂に実装されなかったのはなぜなのか?今回はこの辺りのことを考えてみたいと思う。

 

「ガングリの世界観には合わない」とされるV‐MACSの存在について考えることは、「これはガングリではない」と言われるブレイズやアライドストライクを考えること同様に、「ガングリフォンとは何なのか?」という疑問への答えになるのではないかと思うのである。断じてV‐MACS推しとかそういうんじゃないのである。

 

 

 

 

 

 

V‐MACSとは何か?

そもそも、V‐MACSの存在を知らない人もいるかも知れないのでV‐MACSの説明から始めることとしよう。V‐MACSの存在が確認出来るのはガングリフォンコンプリートファイルに掲載されたラフスケッチと、巻末に掲載された開発スタッフへのインタビューにおいてである。

 

掲載されたラフスケッチを見る限り、歩行形態時の歩行システムはAUTRUCHEタイプの逆関節型で、BMXのようなアームかマニュピレーターが装備されていることを除けば外観もAUTRUCHEにやや近い。脚部の踵と膝裏に位置する部分にそれぞれ大型のコンバットタイヤが装備されており、脚部を折りたたむことで四輪式の車両形態へと変形する機能を有しており、車体の上部に装備された360度回転可能と思しき長砲身の主砲と、車体前面に装備されたガトリング砲が武装となっている。

 

さてこの機体、一見して他のAWGSのデザインラインと明らかに異なるSFチックな外観をしているため、まだまだデザイン的にはこなれていない印象が強い。一緒に掲載されている12式の初期案や各国AWGSのラフスケッチともども、まだまだ初期案の状態を脱していなかったのだろうが、他のAWGSと一線を画す新概念の兵器としてはこれくらいの攻めたデザインラインでも良いのかも知れない。逆関節型の歩行システムや一見してセンサー部が分かりにくい悪役っぽさも含めて、改めて見ると飽きが来ない良デザインと捉えることも可能だろう(もっとも、スマートさとミリタリーテイストが上手く同居していた12式から乗り換えることを考えるといささか抵抗を覚えないわけでもないが。)

 

脚部を折りたたむ変形機構はシンプルかつ機能的で、実現性も高いものだと思われる。ただ、これがいわゆる「カッコいい変形」であるかは少々疑問が残る。宮路氏は巻末のインタビューにおいて「アメリカ市場を考えると是非実現したかった」と語っているのだが、V‐MACSの変形機構はこの段階ではそれほど複雑ではないため、商品としての魅力は未知数だ。

 

f:id:sitri:20200522135901j:plain

機動戦士Vガンダムに登場するバイク型兵器、ガリクソン。V‐MACSの車両形態は四輪式であるものの、大まかなスタイルや主砲の配置などは似通っている。

 

もっとも、現実的に考えた場合、これ以上の複雑な変形機構を搭載することは難しい気もするのだが、主役機の12式や他のAWGSにしても相当な時間と労力を掛けてデザインされていることから、この辺りの問題はもう少し時間があったら解決された可能性が強い。もっと洗練され、ガングリのリアルな世界観に十分馴染むV-MACSの存在もあり得ただろう。

 

ただ、デザインの問題以上に重要なのはV‐MACSという兵器のアイアンディティそのもの、つまり「変形機能を兼ね備えた歩行兵器」という発想がそもそもガングリフォンの世界観とマッチするのかという点であろう。次章ではその点について考えてみよう。

 

V‐MACS、その有効性について探る

そもそも、ガングリの世界に登場するAWGSはいずれもリアルで魅力的な機体ではあるが、その実用性に関して言えば相当に怪しい存在である。世界観の設定を手掛けた岡田氏自身が方々の媒体で発言しているように、車高8m前後で重量20tクラスのロボットに兵器としてのメリットはほとんどない。車高は2、3m前後に抑えられ、重量60t超にもなる重装甲とそれを貫く主砲を兼ね備えた戦車に匹敵するロボットなどファンタジーでしかない。この厳しい現実認識を踏まえた上で尚、8m前後のロボットが活躍する設定や理屈を考え抜いたところにガングリのガングリたる所以があるわけだ。

 

だから、作中のAWGSはあくまでも不整地での戦闘や奇襲をメインとした兵器であり、正面から戦車に向かうような兵器ではないことが度々言及されている(ゲーム的な都合でこの辺りのバランスはかなり緩めになってはいるが)。AWGSとはあくまでも既存の戦車や装甲車両が活動出来ない場所や環境下において最も光る兵器なのであって、無敵の兵器ではないのである。

 

ガングリの開発スタッフは8m前後のロボット兵器など嘘だと分かっている。現在でこそロボット技術の発展と普及は目覚ましいものがあるのは事実だが、少なくとも十年や二十年の間に8m前後のロボット兵器が実用化され、戦場で活躍するほどの技術革新があるとは思えない。嘘であることを認識しつつ、そこに説得力を与えるロジックを考えたからこそ、あのリアルな世界観が生まれたわけだ。

 

f:id:sitri:20190609152514j:plain

HIGH‐MACSはある意味では万能に近い兵器だが、それとて局面を選ばねば活躍は見込めない。「戦場の王者」を追い落とそうとする新兵器は常に現れるのだから。

 

では、V‐MACSにもその論法を適用し、説得力あるロジックを与えることでガングリの世界観に存在してもおかしくない兵器としての立ち位置を与えることは可能かどうか?

 

この辺りがそのデザイン以上にV‐MACSの成否を分けるポイントになるだろう。

 

ということで、ここからは筆者がそのボロ雑巾の如き貧弱な頭を必死に絞って絞って考えたV‐MACSの有効性を挙げてみたいと思う。何分、ツッコミ所の多いものになりそうなのは覚悟の上なので、寛容な気持ちで読んで頂きたい。

 

そもそも、V‐MACSのアイデンディティである変形機能にはどのようなメリット、デメリットがあるのだろうか?この点については筆者が以前に書いた架空戦記にも記述したことがあるのだが*1、ここではポイントを掻い摘んでそのメリット・デメリットを改めて挙げてみることにする。

 

まずはメリットから見て行こう。

 

(1)活動範囲の増大

・不整地に強い歩行形態と、平地や舗装路での高速走行が可能な車両形態を兼ね備えることによって活動範囲が飛躍的に広がり、より効率的な運用が可能になる。コンバットタイヤを装備したタイプのAWGSが普及していることから見ても、AWGSの装輪走行には一定以上のメリットがあると考えて良いだろう。

 

(2)戦略的機動性の優位

・AWGS最大の特徴である歩行システムは兵器としては不向きなほど繊細かつ複雑な構造を有し、その機構にかなりの負荷が掛かるばかりか、整備にも相当な手間が掛かることが予想される。最悪の場合、戦闘地域に到達するまでの間は戦車などと同じくトランスポーターなどで輸送する必要すらあるかも知れず、また、その行動範囲や活動時間も大幅に制限される可能性がある。

 これに比べるとコンバットタイヤは構造も簡易で信頼性が高く、現地での整備や修理交換も容易である。場合によっては、複雑な機構を有する脚部を痛めずに戦闘地域まで自力で到達することも可能となり、戦略的機動性も大幅に上がる可能性がある。

 

(3)被弾投影面積の減少と偵察能力の増大

・車両形態に変形することでAWGSの致命的な弱点である車高をかなり抑えられる。ラフスケッチのデザインで見ても、その車両形態時の車高は歩行形態時の半分ほどになっている。V‐MACSの車両形態時の全高は2.5m前後とされているから*2、AWGSの中では飛びぬけて低い姿勢を有することになるだろう。これは被弾を避ける上で大きなメリットとなり、生存性の向上に繋がる可能性がある。

 また、逆に歩行形態時はその車高の高さを活かしてかなり遠くまで視認出来るようになることから、周囲の偵察や状況を把握したい時にはメリットがありそうである。

 

( 4)安定した走行性能と行進間射撃性能

・コンバットタイヤを足底に装備した他の高機動型AWGSと違って重心が低く、大型のコンバットタイヤを四輪も装備した車両形態への変形が可能なことからより安定した状態での高速走行が可能となるかも知れない。M19A1と違って主砲が独立して回転出来るように見えることから取り回しも良く、より精度の高い精密射撃や行進間射撃が行える可能性もある。 

 また、歩行形態は車両形態に比べて旋回性や細かい姿勢制御の面で優れていると考えられるが、重心の高さや反動の制御を考えると車両形態よりも精密な射撃が行えるかは未知数だ。

 

 

 

お次は想定されるデメリットを挙げてみよう。

 

 

 

(1)重量効率の悪さからくる武装と装甲の弱さ

・二つの形態への変形機構を兼ね備えている分、重量効率は相当に悪そうである。ラフスケッチのデザインでは長砲身の主砲とガトリング砲を装備しているように見受けられるが、ただでさえ厳しい重量制限の中で変形機構に加えてこれらの武装を併用出来るのかは相当に疑問が残る*3

 また、変形機構の制約から十分な装甲を確保することも難しそうである。これは他のAWGS、特に多脚型AWGSに強く言えることだが、車体から飛び出した脚部は被弾率がかなり高いと思われる割に装甲が薄く、十分な防御力を持っていないように思える。それこそ戦車の主砲など食らったら一撃で吹き飛ぶこと間違いなしだろうし、その時点で歩行困難となる恐れもある(特に脚部の多いリットリオや14式などはその可能性が強い。もっとも、例え車体の装甲であっても戦車砲の直撃に耐えるAWGSはそう多くはなさそうだが)。ラフスケッチの初期案を見る限り、V‐MACSの脚部も相当に貧弱に見えるし、AUTRUCHE型の軽量逆関節タイプとなると装甲面での不安は拭えないだろう。これらのことから、V‐MACSの重量効率は実際には極端に悪く、武装や装甲面での脆弱性が顕著に現れるのではないかと予想される。

 

(2)二つの形態を有するが故の整備性の悪さ

・メリットの点で挙げた整備性の向上だが、これはコンバットタイヤによる走行を軸とした車両形態のみに言えることであり、歩行システムそのものの整備性の悪さは依然として残ることになる。また、変形機構そのものも複雑なシステムである上に、二つの形態を有するが故に整備性はかえって悪化する可能性も高い(ラフスケッチのV‐MACSを見る限り変形機構は一見シンプルに見えるが、あの構造だとやはり性能的にはAUTRUCHEくらいになってしまうのではないか)。

 

(3)コストパフォーマンスの問題

・二つの形態への変形機構を有する分、V‐MACSの開発コストは他のAWGSよりもやや高価になる可能性が予測される。流石にHIGH‐MACSほどではないような気がするが、さりとてHIGH‐MACSほど戦車や装甲車両、他のAWGSに対する優位性があるとも思えないので、コストパフォーマンスが高いかどうかはいささか疑問だ。

 

(4)変形機構そのものの優位性に対する疑問

・変形機能は便利な機能である反面、戦闘時にそれほど役立つものなのかは少々疑問が残る。仮にV‐MACSの歩行形態をAUTRUCHEの強化版、車両形態をセンタウロなどの装輪装甲車の強化版と捉えて考えても、それならば車高の低い車両形態の方が戦闘時は何かと都合が良いし、歩行形態の不整地踏破性能もさほど高くない可能性がある。

 或いは、その二機種を作戦に応じてそれぞれ投入した方が効率も良いだろう。そもそも、戦闘時に変形機能そのものを多用するメリットは余りなく、前述したように空中を飛翔出来るHIGH‐MACSほどの優位性はないと思われる。

 また、既にコンバットタイヤを装備したAWGSが多く普及している点を見ても、変形機構の優位性は相当に怪しい。特に四脚型で車高も低く、コンバットタイヤで高速走行も可能なストゥームティーガーやM19A1などは完全にV‐MACSのお株を奪う存在となっている気がする。或いは、歩行とローラーダッシュを使い分けるHIGH‐MACSやヤークトパンター、ストゥームパンター、M16A1といった機体も半ばV‐MACSのコンセプトを先取りしてしまってはいないか。

 

・・・・・・と、ざっと挙げただけでもデメリットの方が多く思いついてしまう。他にもメリット・デメリットは色々あるだろうが、筆者の結論としてはV‐MACSは帯に短し襷に長しで、複雑な構造の割にコストパフォーマンスも悪く、こと戦闘能力に限って言えばやや中途半端で使い勝手の悪い兵器というところに落ち着くのではないかと思っている。

 

筆者は軍事知識の少ない人間なので偉そうに語ることは出来ないのだが、少なくとも兵器開発の歴史上、いわゆる万能であることを目指した兵器や多機能を盛り込んだ兵器の開発計画に失敗例が多いことは知っている。それらの先例に学ぶならば、変形機構という贅沢な機構を盛り込んだ割にV‐MACSの戦闘能力はイマイチという結論はそれほど的外れでもないように思える。

 

そもそも、変形機構そのものには戦闘面でのメリットがほとんどないというのが致命的だと思う。戦場で歩行形態と車両形態を使い分けて戦うのはゲーム的には映えるだろうが、車両形態の方が被弾を抑えられる上に移動速度も速いために、現実には車両形態の方が優位性が高いはずである(歩行形態と車両形態で運用出来る武装も変わらないので)。そう考えると、やはり変形機構の有効性は活動範囲や戦略的機動性の増大くらいにしか見出せないと思う。

 

もっとも、現実に変形機能のある兵器がないのかと言うと、実はそういうわけでもない。

 

例えば初代ガングリフォンにも登場したMV‐22オスプレイである*4。変形というほどの大げさなものではないが、ローターの角度を調整することでヘリと飛行機の特徴を兼ね備えたティルト・ローター式を採用したオスプレイは正に行動範囲を飛躍的に増大させることで部隊輸送の効率化を図った兵器であった。

 

f:id:sitri:20200522115926j:plain

固定翼機と回転翼機の利点を併せ持つMV‐22オスプレイ。その最大の特徴であるティルトローターの研究が始まったのが1950年代ということを考えると、V‐MACSの発想はそれほど突飛なものでもないのかも知れない。

 

また、水陸両用車などにもある種の変形機能を備えた車両は多い。それは多くの場合、外付けのパーツを取り付けることで水上浮航能力を得るといった場合がほとんどだが、中には試作に終わったEFV*5のように車体の一部が可動することで地上走行モードと水上航行モードを切り替える、正真正銘の変形機能を備えた車両もあった。

 

f:id:sitri:20200522115911j:plain

ボタン一つで地上走行モードと水上航行モードに切り替えられるEFV。軍事費削減を受けて正式採用はされなかったが、そのコンセプトまで否定されたわけではない。将来的には可変機構に先鞭をつけた画期的な車両として評価される可能性もある。

 

このMV‐22オスプレイとEFVがいずれもその行動範囲を拡大する方向で変形機能を有していることを考えると、やはりV‐MACSのコンセプトの真に優れた部分はその戦闘能力ではなく、活動範囲の増大や戦略的な機動性の高さにあると考えるべきなのではないかと思う。

 

 

特に、後者のEFVは岡田氏が最も実用的なAWGSの例に挙げるM15A1と同じ水陸両用車であることを考えると、M15A1は二つの機能を有する兵器という意味において、V‐MACSに極めて近い存在だとも言えるのかも知れない。 

 

V‐MACSの活躍出来る環境とは?

さて、長々とV-MACSの想定されるメリット、デメリットを考えてきたわけだが、ではこのV‐MACS、結局使える兵器なのか?使えない兵器なのか?どっちなのか?

 

筆者の結論を言うと、ずばり「局面を選べば使える兵器である」という、何とも無難な評価に落ち着くことになる・・・・・・。何だか他のAWGSにも言えそうな結論になってきたが、これはもうその通りだから仕方ない。

 

例えば、これが12式だったらまだ使い出はありそうである。その実現性はともかく、ガスタービンエンジンによる三次元機動は対戦車戦では圧倒的な優位を得ることが可能だろうし、明確な強みになる。整備性の点では五十歩百歩な気がするが、少なくともその戦闘力は12式の方が断然上だろう。或いは、コラートだったらジャングルの木々を啓開しながら移動出来るという、他の兵器にはない強みがあるので戦闘力がそこまでなくとも実用性は高そうである。

 

しかし、変形機能のメリットは戦闘よりもその活動範囲の増大にあると考えた場合、V‐MACSという兵器は局面を選んで活用するという以外に有効活用する道は見出せないのではないか。

 

では、そのV‐MACSを有効活用出来る局面とは一体全体如何なるものなのか?

 

これはずばり「奇襲」である。

 

 

・・・・・・って、おい!散々迂遠な考察をしてきた結論がそれかい!ってツッコミは重々承知しているので石を投げないように。

 

歩行形態の強みを活かして通常の車両では突破出来ない不整地を踏破し、車両形態による高速機動で迅速に敵陣の後方に近づき、予想外の方向から奇襲を掛ける。このような想定に基づいた神出鬼没の機動戦ならば、或いは威力を発揮するかも知れない。

 

つまり、Ⅱのカッタラ窪地やブレイズのギリシャ面に登場するストゥームパンターの崖下りではないが、あのような奇襲的戦法で敵部隊を撹乱するAWGS本来の有効性を最大限に拡大した兵器であると考えたら、ガングリのリアルな世界観の中に居場所を見つけられるのではないかと思ったりするわけである。

 

歩行形態による高い不整地踏破性と車両形態による高速機動。この二つの能力を活かした究極の奇襲兵器、それこそがV‐MACSの実相だったのではないか?

 

「だったらストゥームパンターでいいじゃん」というツッコミはなしで。合掌(涙)。

 

V‐MACSはなぜ発想されたか?

さて、ここからはV‐MACSの有効性の考察から離れて、そもそもなぜV‐MACSという存在が発想されることになったのか、それをゲーム中に登場させようとした開発側の意図はどこにあったのかを考えていきたいと思う。

 

もっとも、これについてはガングリフォン・コンプリートファイルの巻末に掲載された開発スタッフへのインタビューで宮路武氏が明確に答えているので引用したい。

 

―それでは最後に、ガングリフォン2はありうるのか、次はどのようなことにチャレンジしてみたいのか、ということについてお聞かせください。

(中略)

宮路:あとはロボットの変形ですよね。

岡田:実は、今回も、501部隊が全滅したときに主役メカを新型機に交代する予定だったのです。それが、V‐MACSと呼ばれる可変メカでした。

宮路:その戦車形態は約2.5mのつもりだったのですが、それだと中身が空間のみで、エンジンが入っていないことになってしまう(笑)。それをクリアしようと頑張ったのですが、どうにも難しかったので今回は見送りました。でも、アメリカ市場を考えると、やはり変形させたかった。

アメリカの人たちは、変形が好きなんですか?

宮路:大好きです!変形しなければ、ロボットじゃないと思っている人たちですから。面白いギミックのものがアメリカでは流行りますね。

山田:私たちは、変形ロボットの玩具もやっていましたから、その辺は得意分野ですしね。*6

 

これを読むと分かるように、V‐MACSの発想の背景にはアメリカ市場を睨んだ商業的な意図があったわけだ。後にGモードを設立して逸早く携帯ゲーム開発に乗り出した宮路氏の経営センスを窺わせる何ともスケールの大きい話だが、V‐MACSが実装されていたら海外でのセールスも上がり、ガングリの辿った道も今とは大分違ったものになったかも知れない。

 

f:id:sitri:20200522160441j:plain

アメリカ人のロボット好きを証明するトランスフォーマー。もし初代にV‐MACSが実装されていたら、今頃はマイケル・ベイ辺りが実写化して世界中でヒットしていた世界線もあり得たのだろうか?

 

しかし、それ以上に重要なのは宮路氏をはじめ岡田氏やBEE‐CLAFTの山田氏まで含めて、スタッフの中でもかなり真剣にV‐MACSの存在が考えられていたと思しき点である。特に宮路氏とデザインを手掛けた山田氏はかなり乗り気だったようで、積極的な発言が目立つ。

 

V-MACSが実装されなかった理由も「世界観に合わないから」ではなく、「エンジンの空間を確保出来なかったから」というかなり具体的な理由で、これさえクリアしていたら実装されていたのかも知れないという、初代ファンの肝胆を寒からしめる発言が飛び出しているのも面白い。

 

また、そのエンジンの空間を確保出来なかった理由が戦車形態の全高を2.5mに設定したことが語られているが、これはやはりV‐MACSの利点が被弾投影面積を抑えることにあることを裏付けていると思う。

 

なぜV‐MACSは実現しなかったのか?

 さてさて、そんなこんなでかなり実現性も高く、次回作に向けたインタビューでも「是非やりたい」とまで言われていたこのV‐MACSと変形要素だが、次回作のⅡはおろか、ブレイズやアライドストライクに至るまで遂に実装されることはなかったのはご承知の通りだ。

 

インタビュー中で語られていた他の要素やアイデアが軒並み実現化されている中、なぜV‐MACSだけが実装されなかったのか?これは筆者にとって長年の謎であり、ガングリフォン界最大の謎でもある(多少大げさに言いました、すみません)。 

 

後のシリーズ三作においてすらV-MACSが実装されなかったのはなぜなのか?

  

インタビュー中の発言にもあるように、エンジンの問題がクリア出来なかったからだろうか?

 

いや、偏執的とも言えるこだわりぶりであれだけ魅力的なAWGSを生み出した岡田氏や山田氏のことだ。エンジンの問題はもっと時間を掛ければそれなりの解決法か、それに代わる何らかの代案を思いついた可能性が強いと思う。

 

ではアメリカ市場で売ることを諦めたからだろうか?

 

これはもっとあり得ない。三作目のブレイズのテイストを見ると、より多くのユーザーやプレイヤー達に触れて欲しいという姿勢は見えるし、どちらかと言えばブレイズ自身が「海外を意識したのではないか」と言われることも多い作品ではあったのだから(本当かどうかは分からないが)、海外市場を切り捨てたというには少々違和感が残る。

 

或いは、コスト的な問題からだろうか?

 

これは多少考えられなくもないが、Ⅱで大幅にゲームモードを増やし、革新的な通信対戦モードを実装するなどの大盤振る舞いを行ったゲームアーツの開発姿勢を見ると、どうも決め手に欠ける気がする。

 

もしかしたら、タイトルを気にしたのだろうか?

 

岡田:「三次元機動のないV‐MACSを主役にして『ガングリフォン』ってネーミングはどうよ?」

宮路:「そうっすよね~、それじゃ『ガングリフォン』っていうより『ガンキメラ』ですよね~(笑)じゃあ却下で(笑)」

 

みたいな会話が交わされたのだろうか?(*あくまでも想像です)

 

 

 

 

 

んなわけはない。

 

 

 

 

 

ではなぜV‐MACSは実現しなかったのだろう?

 

 

 

ここからは筆者の推測になるが(これまでもこれからも全部推測だが)、恐らく「ガングリフォンでやるべきか?」という部分が足を引っ張ったのではないかと思う。

 

正直なところ、筆者はV‐MACS案にかなり興味があるし、ゲームとしてはかなり映えるアイデアだったと思っている。「可変型の二足歩行兵器を操って戦うロボットシューティング」なんて期待感しか湧かない。しかも、あの「ガングリフォン」を送り出したゲームアーツ製である。面白くならないわけがない。「ガングリフォン」というタイトルでそれをやるべきかはともかく、「やってみたかったな」とは強く思うのだ。

 

だが、この「ガングリフォンでやるべきか?」という点が最後まで引っ掛かった可能性はある。「これは世界観に合わないから」というより、むしろゲーム的な理由で、ガングリフォンとはあくまでも「撃つ快感、走る快感、飛ぶ快感」の三つの快感を満たすことにその本質があるという認識があったからではないかと思ったりする。

 

これはどういうことかと言うと、ガングリのような三次元空間を自由自在に動き回れるゲームの面白さとは、正に三次元空間を自由自在に動き回ることそのものにあるということだ。これはHIGH‐MACSの特性を考えれば分かることだが、ローラーダッシュによる高速機動でステージを縦横無尽に駆け回り、ガスタービンエンジンによる三次元機動を駆使した立体的な戦闘こそHIGH‐MACSを動かす醍醐味だったはずだ。

 

ところが、V‐MACSになると三次元機動がオミットされることになり、ゲーム的には平面での戦闘が主体になることになる。つまり、三次元空間を自在に動き回る楽しさが目減りして立体的な戦闘の要素が失われ、三つの快感の内の「跳ぶ快感」が失われることになるのだ。

 

これは「ガングリフォン」というタイトルにとっては致命的な問題だったのではないかと思う。まして、当初の案通り第501機動対戦車中隊全滅後に12式から乗り換えた場合、空中機動をオミットされたことによる弊害はモロに出ることとなる。12式よりも出来ることの減ったV-MACSを操縦することがプレイヤーにとって本当に有益だったかと考えると、決してそうではないはずだ。V‐MACSにはV‐MACSを操る楽しさなり面白さがあったとは思うが、ジャンプ出来る機体からジャンプ出来なくなった機体へと強制的に主役機が移行するのはやはり相当な抵抗があっただろう。

 

これはブレイズをプレイしていると特に思うことだが、あの空を自由に飛び回るジャンプの爽快感はやはりガングリフォンというタイトルの一つの肝だと思う。広大な3D空間を自由自在に飛び回って飛翔する感覚をあれほど気持ちの良いものに昇華して見せたのは、数あるロボゲーの中でもガングリフォンくらいのものではなかろうか。

 

このジャンプを奪ってまでV‐MACSに主役機の座を譲るのは相当に勇気のいる決断であり、ゲームとしての方向性を根本から変えてしまうほど重要な要素だったのだと思う。

 

もっとも、Ⅱやブレイズでは平面戦闘しか出来ない上にローラーダッシュも出来ない9式や13式、戦車や自走対空砲まで出ているし、それらの機体を使ってもそこそこ楽しめるのだから、V‐MACSにも出番があっても良さそうなものだ。

 

f:id:sitri:20200510122610p:plain

ブレイズで使用可能な9式。ジャンプもローラーダッシュも出来ない地味な機体だが、強力無比の新型貫通砲と厚い装甲のお陰で戦車ゲーのような気分が味わえる。ステージの立体感が増したブレイズでは遮蔽物になる地形が増えため、慎重に行動すれば高速機動出来なくとも敵の攻撃を避けられる。

 

だが、逆に言うとそれらの車両を使えばV‐MACSの操縦感は何となく想像出来てしまうのもまた事実である。筆者個人の主観で言うと、恐らくV‐MACSの操縦感覚(特に車両形態時)はⅡの90式やメルカバをより高速化したものに近いと思う。車両形態時は戦車、歩行形態時はAUTRUCHEのような特性だと仮定すると分かり易いのではないか(AUTRUCHEはⅡでは使えないが)。

 

こう考えて見ると、V‐MACSは実はⅡで半ば達成されていたと考えることも可能なのかも知れない。変形要素こそないものの、戦車と第一世代のパンター辺りを使えば何となくV‐MACSの操縦感覚は掴めるので、改めてV‐MACSを実装する必要はなかったのではないか。

 

実際、Ⅱで使用可能なM19A1ブルータルクラブⅡなどもV‐MACSの特性にかなり近い存在のように思われるが(より正確には異なる面もあるのだが)、独特の挙動から動かしていて実に面白い機体になっていた。その特性を活かしたサテライト撃ちやスライド移動など、もしかしたらV‐MACSを動かすよりも面白いかも知れないくらいだ。

 

ブレイズの9式や13式も変形こそ出来ないものの、それぞれ面白みのある機体になっており、ホイールアダプターを装着することによってローラーダッシュが可能となったため、これも一種の変形気分が味わえるシステムだったかも知れない。

 

つまるところ、V‐MACSはⅡ以降に操作出来るようになった他の機体を使うことで何となくその気分を味わえるようになったということなのだと思う。これらの機体を使えば大体の感覚は掴めてしまうので、敢えて変形機構を盛り込む意味が薄くなったのではないか。

 

前述したような車両形態での高速移動と歩行形態での不整地踏破性というV‐MACSの特徴は、ゲーム的な面白さ(少なくともブレイズまでの面白さ)にはそれほど繋がらない。ブレイズ以前の12式の操作方法を見ればよく分かるように、前進ボタン一回で歩行、前進ボタン2回でローラダッシュという操作方法はV‐MACSの変形機構そのものであって、前述の通り既存の高機動型AWGSで既に達成されてしまっていると言っても過言ではないからだ。

 

しかも、しつこいようだが歩行形態での不整地踏破性にゲームとしての意味は全くない。初代こそ起伏を登る時には強制的に歩行形態に戻されるということはあったものの、これもⅡでは改善されてローラーダッシュで起伏を超えることが可能になったし、地面そのものに地形効果があったわけでもないので、歩行そのものには機体の速度を抑えるくらいの意味合いしかなかったのである。 

 

V‐MACSを主軸にしたゲームをもし作るとするならば、それは空中を飛翔する感覚とは対照的に、地を這い疾駆する感覚を再現するゲームとなるのだろうが、そうなるとブレイズ以上に大幅なシステムの改変が必要になってくる。それだけの労力をかけてまでV‐MACSを導入すべきかと言われると、少々疑問が湧いてくるわけだ。

 

もちろん、地形の持つ意味合いが大幅に進化したブレイズのシステムならあくまでも変わったAWGSの一つとして登場させることも出来たかも知れない。が、主役機として登場させることを考えると、そのハードルは相応に高くなるだろう。

 

 

 

おまけにガングリはFPSだ。そう、FPSなのだ。

  

実はV‐MACSが実装されなかった最大の理由はこれだと思うのだが、せっかく変形シークエンスを作ったとしてもFPS視点ではプレイヤーが見ることが出来ないという致命的欠落がある。初代においてプレイヤーが12式の勇姿を見る時間が極端に少なかったように、V‐MACSの変形もプレイヤーは見られないのである。

 

いや、12式の姿はまだ見られるから良い。前回の記事でも書いた通り、ミッションクリア時に見る12式の姿はそれだけで格別のご褒美に思えたものだったが、仮に初代においてV‐MACSを実装していたとしても、戦闘中の変形パターンを見る手段は一切ないのだ。これでは苦労してV‐MACSやその変形パターンを作る意味がない。

 

勿論、ⅡのリプレイモードやアライドストライクのようなTPS視点が実装されていれば話は別だ。しかし、リプレイはあくまでもリプレイであって、ゲーム部分とは直接関係のない、遊びの部分である。その部分にただでさえ少ないであろうリソースを振り分けるからには、相応のリターンがないと無理だろう。

 

Ⅱでそれをやったゲームアーツはそれはそれで凄かったということになるのだろうが、そのゲームアーツとてリソースが無限にあるわけでもなく、リソース配分は必然的により実現性の高いものやゲームを面白くする上でより効果的なものに振り分ける必要があったはずであり、その結果がブレイズにおける多数のモードの廃止やステージ数の減少という整理統合に繋がっていたはずだ(もっとも、ステージ数は少ないものの、内容そのものはかなり充実している)。

 

また、アライドストライクのTPS視点なら変形機構を存分に見せられるが、これはこれでガングリフォンというタイトルの方向性を根本から変えてしまう仕様で、V‐MACSだけのためにそこまで大幅な改変は出来ないだろう。

 

筆者はガングリフォンというゲームはその全ての仕様が自覚的に盛り込まれたゲームだと考えている。その取捨選択を含めて、その仕様には一切の無駄がない。あらゆる仕様がゲームのコンセプトを達成するために調整されていて、コンセプトにそぐわないものや無駄な機能はバッサリ切り捨てられてしまう、非常に自意識の高いゲームなのだ。

 

だから、V‐MACSが遂に陽の目を見なかったのもその辺りに理由があるのではないかと思う。V‐MACSを登場させることはガングリというタイトルの魅力を増すことになるのか?そのコンセプトにそぐうものなのか?もっと言って、V‐MACSを登場させることはゲームとしての面白さに直結するのか?

 

ゲームアーツはそれに対して「否」と答えを出したのではないか。少なくとも、現時点ではガングリというタイトルでそれをやる必要はないと。余裕があれば出しても良いが、その労力に見合うだけの効果は得られないだろうと。より良いゲームを作る上で、V‐MACSよりももっと注力すべきものがあった、ということなのではないか。

 

この辺りがV‐MACSが遂に実現しなかった理由ではないかと思ったりするのだが、果たして真相は如何に?(無責任)

 

V‐MACS、その可能性

さて、ここまで長々とV‐MACSが実装されなかった理由を考えてきたわけだが、ここからは逆にどうしたらV‐MACSを主役にした面白いゲームが作れるかを考えてみたいと思う。

 

前述したように、筆者自身はV‐MACSのアイデア自体は面白いものだと思っていて、非常にゲーム向きのアイデアだとも感じている。ガングリフォンというタイトルの目指した方向性やシステムとはやや相容れなかった面もあったのかも知れないが、それはあくまでも「アライドストライクまでのガングリフォン」に相容れなかったというだけの話で、「それ以降のガングリフォンにも絶対に合わない」などということはあるまい。

 

つまり、今後登場する可能性もある(希望は捨てない!)全く新しいガングリフォンーそれまでのシステムを一新した次世代のガングリフォンならば、V‐MACSという存在が立ち位置を見つけられる可能性は十分にあると思う。

 

ではその新しいガングリフォンにおいて、V‐MACSが活躍するために必要なシステムとは具体的に何か?

 

筆者が思うに、それは「地形効果」ではないかと思う。

 

そもそも、AWGS最大の特徴は脚部歩行による不整地踏破性の高さである。通常の戦車や装甲車では通行不能な地形、踏破不能な地形を突破して敵部隊の意表を突く。このAWGSの本来の役割を上手くゲームの中に落とし込む方法があるとすれば、それはやはりブレイズのようにマップを作り込み、地形の持つ意味や効果を高める方向性にシフトする必要があると思うのである。

 

実はガングリは初代の頃から様々な地形効果をゲーム内に盛り込んできたタイトルでもあった。初代やⅡの森によるレーダーの遮断はその最たるものだが、地形の立体感が高まったブレイズではこの部分が大幅に強化され、高所を狙撃ポイントとして活用したり、遮蔽物として活用したりする以外にも、ポルタヴァの河岸の段差はローラーダッシュでは登りにくい、グアムやエジプトの水域に入ると徐々にダメージが蓄積されるといった細かい地形効果が良く表現されていた。

 

特にブレイズはかなり頑張っていたと思うのだが、肝心の不整地踏破性を前面に押し出した地形効果は割合少なかったように思われる。

 

ここに例えば、「泥濘地では移動速度が遅くなる」といった要素を加えてみてはどうだろう?ステージ上に新たに「泥濘地」の要素を設け、通常の車両が侵入すると車輪を取られたり、車体が沈み込んだりして移動が困難になるというようなシステムを設けてみようということだ。

 

逆に、脚部による歩行を可能とするAWGSなら移動速度が遅くならないと設定すれば、AWGSとその他の車両との差別化にも繋がる。これを更に細分化し、重量が軽いAWGS(例えばAUTRUCHE)ならばより移動速度が高まり、逆に13式や14式のような低速型や重量型だと突破に時間が掛かるといった風に調整していけば、原作のカッタラ窪地などの状況をより良く表現出来るようになるかも知れない。

 

かなり幅のある深い川や海岸をステージ上に設け、水上浮航能力のあるM15A1しか突破出来ないなんてのも面白そうだ。 HIGH-MACSにしか越えられない段差や起伏を設けるというのはこれまでにもあったが、それに準じるジャンプ能力を持つサティロスも突破出来ると設定してみるのも面白そうだ。

 

或いは、森林地帯では木々をなぎ倒しながら進めるコラートのみ移動速度が落ちないとか、ある程度以上の傾斜のついた坂道ではティーガーやリットリオといった多脚型AWGSのみ移動速度が落ちないといった条件を設定してみるのはどうだろうか?

 

 

逆に、整地された土地や舗装路ではコンバットタイヤを装備した高機動型や装輪式の装甲車が優位に立てるといった設定にすると、原作の設定を再現しつつゲーム的にも面白くなるのではないか?

 

このような地形効果の設定はガングリの辿ってきたゲームとしての進化の方向性ともマッチするものだし、それぞれのAWGSの個性を際立たせる上でも有効だと思う。機体ごとに攻略法が変わったり、侵攻ルートが変わってくることはゲームとしての面白さにも直結するし、そのゲーム空間を一段と深化させることにも繋がる。そして何よりも、これらの条件を設定することでV‐MACSはいよいよガングリの世界観の中にその位置を見つけ出すことが出来るはずである(例え望まれていないとしても・・・・・・)。

 

これに車高の変化などの要素をフューチャーして新しいゲームシステムを考えていけば、V‐MACSを主軸とする新しいガングリフォンの戦場が構築出来るかも知れない。そしてその世界においては、歩行形態による不整地踏破性の高さと車両形態による高速機動、この二つの能力を併せ持ったV‐MACSは他のAWGSに対して明確なアドバンテージを有する最強の奇襲兵器となること確実である。

 

想像してみてほしい。

 

急峻な崖を勢いよく駆け下りてくる三機編成のV‐MACSが、貧弱な味方のトラック部隊を襲うところを。

 

ウランバートルの草原を縦横無尽に駆け回り、我々を手玉に取るV‐MACSの高速機動を。

 

夕焼けの向こうからやって来て離陸前のC‐17に群がる大量のV‐MACS軍団を。

 

核ミサイルの発射を止めるために迷路のような戦略ロケット基地の通路を疾駆するV‐MACSの姿を。

互いに最新鋭のV‐MACSに乗り込んだエースパイロット同士の決闘を。

 

黄砂舞うタンチェンの空港を疾走していく我らがV‐MACS部隊を。

 

 

 

見える、私には見えるぞ!

 

 

 

氷の上をオーバーライドしながら猛烈な勢いで氷山にぶつかるV‐MACSの姿が。

 

はたまた、チーナンの橋から落ちてしまい、二度と橋の上に戻れなくなって辺りのランドクラブに八つ当たりして回るV‐MACSの姿が。

 

「90式はブリキ缶だぜ」などと余裕をかましているレオパルドⅢの頭上から勢いよく降ってきてそのままレオパルドⅢに激突して大破する三機のV‐MACSが(*正しい用途ではありません)。

 

戦略ミサイル基地の通路で曲がる方向を間違え、泣く泣くバックミラーを見ながらハンドルを切りバックするV‐MACS車両形態の姿が(*バックミラーが存在するかは不明です)。

 

戦闘中、ずーーーーーっと車両形態のまま延々ドッグファイトを展開するシン中野とミヒャエル・ハルトマンの姿が。


画面を埋め尽くす派手な炎をバックにカッチョ良い決めポーズを決めるもイマイチパッとしないV‐MACS歩行形態の姿が。(♪「ガングリフォン↑ ブレェェイズぅ~↓」♪)

 

二機の僚機を引き連れたV‐MACSから「Comone! Let`s go home!」という無線が流れ、夕陽に向かって走り去って行くエンディングが。

 

 

 

 

 

ん?そんなもの見たくないって?

 

 

 

 

 

シャラップッ!! 

 

 

 

 

 

・・・・・・冗談はともかく、今となっては筆者はV‐MACSがガングリフォンの世界観に合わないなどとは思わない。そもそも、ガングリの顔たるAWGSだって「ロボットに兵器としてのリアリティはない」という厳しい現実認識から始まり、考えられる限りのロジックを与えることでそのリアルな世界観の中に位置を見出したのだ。

 

我々ファンもまずはV‐MACSというアイデアを頭から否定するのではなく、V‐MACSがどのようにしたらガングリフォン世界の中に存在してもおかしくない位置を見出せるかということを考えてみるべきなのではないだろうか?

 

初代ガングリフォンは本当に完成度の高いゲームだった。

 

しかし、我々ファンはついその完成度を称賛する余り、あれは認めない、これは認めないと少々言い過ぎてしまったのではないかと時々思ったりする。それが結果的にガングリ世界の広がりを抑えつけてシリーズの終焉に繋がったとまでは言わないが、初代以外に価値はないという、極めて保守的な見方を作ってしまったのも一面の事実だろう。

 

それは初代に刻印されたあの素晴らしい雰囲気を思えば致し方ない面もあるのだが、一方でガングリは常に新しいことにチャレンジする進取の精神を持ったシリーズでもあったことを忘れてはならない。この辺りのことは以前に書いたブレイズの記事でも書いたが、ガングリフォンシリーズはゲームアーツの技術力を実証するためのバリバリのF1カーでもあったわけで、常に新しい要素やシステムを取り入れてきた革新的な作品でもあったのである。

 

それが時として初代に心つかまれたファン達を置いてけぼりにするものだったことは認めよう。必ずしもファンの期待に沿う作品とは言えなかったかも知れないことも認めよう。しかし、少なくともブレイズまでの三作はどれもチャレンジングで、高水準のゲームだったことは疑いようがないと思う。そこには常に新しい要素を取り入れてシリーズをより進化させ、より良いゲームを作ろうという開発側の姿勢が充満していたし、未来を見据えた明確なビジョンがあった。

 

この進取の精神なくしてガングリフォンシリーズはあり得なかったと筆者は思う。それは初代にしても、Ⅱにしても、ブレイズにしてもそうである。職人的な「こうでなければいけない」という発想が必ずしも悪いものだとは筆者は思わないが、それだけでは革新的な価値観は絶対に生まれてこない。

 

ゲームに限らず、新しい価値観を創造するには少々突飛なくらいのビジョンが常に必要なのだと思う。実際、ガングリの主役たるAWGSにしてもHIGH‐MACSにしても、その成立過程においてはV‐MACSと同じくらいに相当突飛なアイデアであったことに変わりはなく、それをあのリアルな世界観の中に落とし込むのには相当な苦労があったはずである。

 

それらの突飛なビジョンに説得的なロジックを与え、現実化していったところにガングリフォンという作品の優れた部分があったとするならば、出た杭は打つ式の批判はただただ作品の魅力を削ぐ役割しか果たさないだろう。

 

シリーズのメカ設定を手掛けた岡田氏は、雑誌のインタビューにおいてロボットと現用兵器が共存する世界観について聞かれこう答えている。

 

岡田:(前略)何故ロボットかというと、当時は、ロボットが撃ち合うまともなゲームがなかったということもあるけど、みんなロボットが好きだったというのも真実なんです(笑)。

 

あれだけ方々の媒体で「AWGSなんて役に立たない」と力説してきた岡田氏の口からふと漏れたこの本音はしかし、作品を作る上でもっとも大切なモチベーションでもあったと思う。ロボットが好き、変形が好き。最初の動機はそれで良いのだと思う。問題はその価値をどのように高め、説得的なものとして人々の前に提示出来るかではないだろうか?

 

V‐MACSというアニメチックな変形ロボットは、実はガングリフォンという作品の新たな可能性を探る上で非常に有益なビジョンであった―そう筆者が結論付けたら、読者は「突飛な奴だ」と笑うだろうか?

 

 

 

 

 

脚注

 

*1:第三次世界大戦戦後史番外編・戦後のAWGS開発史(なんちゅうタイトルだ)を参照のこと。

*2:後述するインタビュー内において宮路氏自身が発言している。

*3:これはゲーム中の12式や12式改もそうで、105㎜滑腔砲に30㎜ガトリング砲、ATM15発、RP百数発と相当な重武装であるが、これはゲーム的な都合によるものだろう。実際にはⅡにおける僚機のように武装はある程度絞られると思われる。これらのことを考えると、装備が三種類しか装備出来なくなったブレイズの16式はリアルになっていると言えるのかも知れない

*4:ゲーム中では試作段階であった当時の名称に従い、V‐22オスプレイと表記されている。

*5:アメリカがAAV7水陸両用装甲兵員輸送車の後継車両として開発を進めていた水陸両用車。地上走行モードと水上走行モードへの移行がボタン一つで行える革新的な車両であり、海兵隊では2015年の正式配備を計画していたが、軍事予算の削減から2011年に開発中止となった。

*6:ガングリフォン・コンプリートファイル、p126、光栄出版