ガングリフォン・ムック(仮)

名作ゲーム、ガングリフォンシリーズについて考察するブログです。他のゲームも時々語ります。更新不定期。

AWGS立体化計画⑧「奇襲」

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引き続きジオラマ撮影です。今回も当ブログで掲載中の架空戦記「第三次世界大戦戦後史②ロシア崩壊」をイメージしたジオラマです。

 

 2021年2月、モンゴルにおける中露の軍事衝突は一応の終結を見た。が、それは新たな戦いの序章に過ぎなかった。シベリアへの領土的野心をむき出しにした中国は、ロシアがウクライナに侵攻している隙を突いてロシア太平洋艦隊司令部のあるウラジオストクを急襲して制圧。これを合図としてかねてから中国と気脈を通じていたウラル以東のシベリア諸州が一斉に独立を宣言、中国・APC軍を解放軍として迎え入れた。更に、密かに中国が支援するロシア国内の旧共産党派が首都サンクトペテルブルグで蜂起し、政府庁舎の入るマリインスキー宮殿を襲撃する。

 混乱するロシア政府を尻目に、中国・APC軍は電撃的速度で進撃。急遽編成されたシベリア共同体軍と共に各地のロシア軍を撃破しながらノボシビルスクをも陥落させた。その戦列の中には、極寒のシベリアの大地に苦しみながらも激闘を続ける東南アジア諸国部隊の姿もあった。

 

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市街地で待ち伏せし、突入してきたロシア軍のBMXに奇襲を行うAPC・タイ軍のハヌマン。タイとシンガポールが共同開発した戦後生まれの新型AWGSである。

 

 日本を含むAPC各国は中国の要請を受けてシベリアに続々と部隊を送り込んだ。ほぼ中国の独断で始められた戦争ではあったが、APC各国もシベリアに多くのエネルギー・資源を依存していた為、中国の行動を追認した。

 地理的に近い日本や韓国も多くの兵力を供出し、インド戦で活躍した日本外人部隊の第101及び第102甲師団と韓国陸軍の機甲師団数個を相次いでシベリアに派遣。また、タイやマレーシア、インドネシアシンガポールなどからなる東南アジア諸国の部隊も到着し、不慣れな寒さに苦しみながらもシベリア戦線に展開した。

 

「反撃」より

 

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AWGSの中でもかなり小型の機体だが、ジャングルでの運用が考慮されていることもあり、コラート並みのパワーのある腕を持っている。

 

 これに対して、APC軍の装備は一部を除けば中国軍の13式や14式を始めとして旧式のものが多く、その性能もシベリアの地勢に適合しているとは言い難かった。特に東南アジア各国の部隊は寒い地域での戦闘に慣れておらず、体調を崩す者が続出。東南アジア各国が標準装備するコラートやハヌマンも泥土こそ問題にはならなかったものの、本来はジャングルでの運用を想定した機体であることもあり、シベリアではその性能を十分に発揮出来なかった。

 APC軍にとって幸運だったのは、シベリアのロシア軍から徴用したBMX-30や2S6Mツングースカ、中国製の5式戦場防空車輛といった対空自走砲が充実していたことであった。PEU空軍は作戦開始当初こそAPC軍に対して猛攻を加えたものの、時間の経過と共に対空ミサイルで撃墜される機体が続出した為、その動きは鈍くなっていた。モンゴル同様、このシベリアの地でも航空優勢は決定的な差にはならなかったのである。

 

「撤退援護」より

 

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突如起こった戦闘に逃げ惑う撮影クルー達。

 

 APC軍は前大戦の経験を活かしてシベリア鉄道への襲撃を繰り返し、PEU軍の兵力展開を少しでも遅らせる作戦を採る。再編された第502機動対戦車中隊と東南アジア諸国の部隊がこの任務に当たり、12式がその機動力を活かして陽動を掛けている間に、ハヌマンやコラートが森を啓開しながら線路に接近し、兵器や物資を満載した列車を破壊した。

 しかし、戦いの長期化で両軍共に物資の欠乏が問題となり始め、特にインド戦以来、連戦を続けてきたAPC側は苦境に立たされていた。日本外人部隊も物資不足に悩み、弾薬と燃料が不足する苦しい状況の中での戦いを余儀なくされていた。

 

「撤退援護」より

 

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飛んで来た車両を華麗にかわす海賊・黒ひげ。

  

 戦争の長期化とそれによる戦費の増大は、総人口の三割が餓死した日本にとって重い負担であった。食糧確保の必要性から日本外人部隊を積極的に国外に派遣して来たものの、ユーラシアとアメリカのニ戦線で部隊を展開していることもあり、財政的に厳しい状況に陥りつつあった。これまでは国防費の増額や自衛隊予算の縮小、自衛隊の装備を日本外人部隊に優先的に移譲するなどして何とか賄って来たものの*11、国内の飢餓が解決されていない現状では、早晩その態勢が崩壊するのは明らかだった。

 これは日本だけでなく、他のAPC諸国でも同様だった。戦いの泥沼化と人的被害の拡大は日本だけでなくAPC加盟国間の亀裂を増大させ、中国政府の求心力は日に日に低下していた。

 その中国国内でも政府に対する批判や不満が出始めていた。先の大戦における敗戦とその後の混乱でただでさえ疲弊した中国であったが、インド、ロシアとの度重なる戦争によって得られたものの余りの少なさに、国内の諸矛盾が一気に噴出し、人々の怒りが頂点に達しようとしていたのである。

 そして2021年6月、首都・北京で食料の配給を求めて大規模なデモを開いていた民衆と、それを武力で鎮圧しようとした治安当局が激しく衝突する事件が起こる。民衆側に多数の死者が出たことから、これに反発した民衆は暴徒化。事態は収拾のつかない大暴動へと発展し、北京市全体が騒乱状態に陥ってしまう。

 事態を重く見た中国政府は人民解放軍を投入して事態の収拾を図るが、戦争の早期終結を望む和平派の部隊が民衆側に着いて中央政府に反旗を翻したことから事態は一層エスカレートしていく。皮肉にも、ロシアとの戦争の発端となったモンゴル同様の事態が、ここ北京でも繰り返されたのである。

 この騒乱は国内各地の少数民族自治区にも飛び火し、一度は独立に失敗したチベットウイグル内蒙古自治区でも中国からの独立を叫ぶデモが発生。中国全土で騒乱状態が巻き起こることになる。更に、これに呼応するかのようにインド・ベトナム軍が中国国境に部隊を集結させ始めた為、混乱は更に拡大した。

 

「撤退援護」より

 

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APCとロシア・PEUの戦いはシベリアに更なる荒廃をもたらすこととなった。